2017.01.27

日本共産党福島県委員会書記長・町田和史

27党大会にて 左から2人目が町田氏

はじめて出会ったのは、大学生協の雑然とした事務所。21歳の冬でした。

人懐っこく笑う彼女は、同じ学部の同級生でした。けっして目立つタイプではなく、面と向かって話すのはその時がはじめて。まさかその後の人生でこれほど大事な存在になるとは思ってもみませんでした。

それでも目標に向かって一生懸命にがんばる姿は当時も変わらずで、遊びほうけていた自分にも「がんばらないとだよな」と思わせてくれる人物でした。

28歳からお互い青年分野にかかわり、同年代の仲間たちと四六時中いっしょにいました。そして不思議と人をひきつける魅力がある彼女は、青年運動のリーダーとして、いつも後輩たちに囲まれていました。

持ち前のフットワークで全県どこへでも赴き、次々と若い仲間を増やしていましたが、思えば、どうもこのころから県内各地のスイーツに詳しくなっていたような気がします。

多くの福島県民にとってそうであるように、僕らの人生にとって決定的だったのが東日本大震災・原発事故でした。

国政候補として原発ゼロを訴える彼女に、避難生活を送る高齢の女性がむせび泣きながら握手を求めてくる。そんなシーンが幾度もありました。人の心を揺り動かす力強い演説は、原発事故で苦しむ多くの県民に、ドラクロワの自由の女神のような「旗印」を想起させました。

先日、新年のあいさつで一緒に地元紙を訪れた際、ある首長さんとフロアですれ違うと、首長さんの方から「ついに念願がかないましたね」と握手を求めてきました。福島県在住の日本共産党国会議員として、なんとしても彼女に国会に行ってほしいという思いは、安倍政権の福島切り捨ての中で党派を超えたものになっていたとあらためて感じました。

彼女と出会った多くの方が、「底抜けに明るい」という印象を持つと思いますが、反面、よく涙を流します。そして涙を力に変え、よく考えます。静かな湖底から水面を見上げるようにじっくりと。それを経たときの勢いは誰にも止められません。実は智略家でもあるんです。悔しいことに、僕はまだ彼女に一度もオセロで勝利したことがありません。

国民の声を一身に受け、安倍政権と国会で切り結ぶ仕事は並大抵ではないと思います。しかし、岩渕友さんなら、それができるという安心感もあります。誰もが人間らしく働き、生きられる社会へ、矛盾を一つひとつ解決していく事業を、いっしょに成していきたいと思います。