テーマ:武力紛争等と人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題
(議事録は後日更新いたします)
ガザ人道支援参考人質疑/平和憲法もつ日本こそ/岩渕氏質問/参院調査会
イスラエルがパレスチナ・ガザ南部ラファへの侵攻の構えを見せ、市民の大量殺害の危険が迫る中、国際人道法に基づく支援や外交の重要性についての参考人質疑が14日、参院外交・安全保障調査会で行われました。
国境なき医師団日本の村田慎二郎事務局長は、イスラエルが2023年にパレスチナで病院などの医療現場への攻撃を820件も行うなど明白な国際人道法違反をしていると指摘。日本政府は途上国などで開発援助を行い、紛争にはどちらにも加担せず中立を保ってきた強みを生かし、人々の必要に基づく真に公平な人道支援が実施されるよう外交で国際社会をリードすべきだと提起しました。
松井芳郎名古屋大名誉教授は「紛争の発生を未然に防ぐ『予防外交』と、紛争下での市民への人道支援が重要になってくる。生存権を明記する平和憲法を持つ日本だからこそこれらの役割を発揮できる」と強調しました。
日本共産党の岩渕友議員は、国際紛争解決の手段として戦争を放棄する憲法を持つ日本の役割について質問。松井氏は、1970~90年代のカンボジア内戦の平和的解決に日本政府が貢献した例を挙げ、国際紛争自体を解決するための努力を日本政府がすべきだと話しました。
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2024年2月14日(水) 参議院 外交・安全保障に関する調査会
「武力紛争等と人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題」
○岩渕友君
日本共産党の岩渕友です。
参考人の皆様、本日は本当にありがとうございます。
初めに、3人にお伺いをしたいと思うんですけれども、先ほど来話になっているロシアによるウクライナ侵略やイスラエルによるガザ攻撃によって、子供たちや女性、市民が犠牲になって、ジェノサイドの、ガザについては重大な危険があるということが指摘をされています。そうした下で皆様が国連憲章や国際人道法に基づいて支援や活動を続けていらっしゃるということに心からの敬意を表したいというふうに思うんです。
それで、先ほど来議論あるんですけれども、日本政府がロシアの侵略に対しては明白な国際法違反で断じて容認できないと厳しく非難をするその一方で、イスラエルの攻撃については、ハマスのテロ攻撃から始まったという点で異なるということで、イスラエルに対して国際人道法違反だというふうに言っていないし、停戦や休戦ということも言っていないわけですよね。
今日のお話を聞いて、やっぱりはっきり国際人道法に反しているんだということを非難する必要があるというふうに感じたんですけれども、改めてお三方のお考えをお聞かせください。
○会長(猪口邦子君)
榛澤さんからでいいですか。
○岩渕友君
はい。
○会長(猪口邦子君)
では、榛澤参考人。
○参考人(榛澤祥子君)
ロシア・ウクライナ国際的武力紛争、それからイスラエル、ガザの戦闘の激化というところで、日本政府の方にもきちんと非難する必要があるんじゃないかということだったと思うんですけれども、その国の立場に、それは本当に政治的な決断というところになってくるかと思いますので、それについてはICRCとして日本政府がこうすべきというようなことをコメントするのは差し控えさせていただきます。
ただ、やはり国際人道法の遵守というところについては、先ほど申し上げましたように、日本は法の支配を非常に重要と考えている国だというふうに私は理解しておりますので、やはりその観点からも、国際人道法についてきちんと話をしていく、声を上げていく必要性というものはあるのではないのかなというふうには思っております。
○参考人(村田慎二郎君)
御質問ありがとうございます。
そうですね、国境なき医師団としましては、やはりこのガザで起きていることというのは、もう前例がない非常に危機的な状況にあるというふうに考えております。主に3つの面からですね。
まず一つ目が、集団懲罰を一般の市民がされていると、完全に包囲をされていると。軍事作戦を開始した当初からガザの完全な包囲を強行して、人間が生きていく上で必要な水や食料、燃料、医薬品などの搬入が禁止されているだけではなくて、国際人道法で定められている人道援助団体のアクセスも制限されている。必要な援助が必要な人たちに届かないようにしていると。これはもう明確な国際人道法違反であるというふうに考えております。そして、医療への攻撃というものを非常に我々は懸念をしております。また、強制的に北部にいた人たちを南部に避難させたり、そういったものも国際人道法からは沿っていない行為でありますので、我々としては、もうガザに関して言うと、これはもう停戦しかないというふうに考えています。
ですから、即時かつ持続的な停戦、これがなければこの状態が続いていくのではないかというふうに危惧をしておりますので、日本政府にはあらゆる影響力を行使、引き続き継続していただいて、そこに働きかけていっていただきたいと、イスラエル、ハマス双方にですね、というふうに考えております。
○参考人(松井芳郎君)
ガザの危機に対する日本政府の対応についての御質問というふうに理解いたしましたが、これ二つの側面が恐らくあると思います。つまり、人道法の違反ということについてはもう相当程度各種の報道で明らかになっておりまして、もちろんこれはハマスの方も含めてでありますが。したがって、そういう人道法の批判、違反に対して、これをやめるべきだという批判、非難、あるいは要求をするということは是非やっていただきたいことだというふうに思います。
それからもう一つ、ジェノサイドの危機というのも、確かに、現状、報道などを見ておりますとそのような危惧が生じるのは当然というふうに感じますし、ジェノサイドについてはジェノサイド条約で全ての国がこれを防止するために協力する義務を負っておりますので、ジェノサイドの状況が進行しつつあるということが客観的に理解できれば、日本政府もまたこれをやめさせるために様々な努力をする義務があるというふうに言うことができます。
ただ、ジェノサイドは民族集団を絶滅させるという意図を持って行った行為という大変厳しい定義がありまして、これは少なくとも当事者がそのように自認しない限りはなかなか証明が困難でありますが、ただ、既にICCで幾つかジェノサイドの例についての判断がありまして、私詳しくは勉強できておりませんけれども、周辺の事情からジェノサイドの意図があるということを推測するというような立場もあるようでありまして、もしもそのジェノサイドの意図が立証できるというふうなことになれば、日本も当然これをやめさせるためにいろいろな努力をする義務があるということになろうかと思います。
差し当たりの印象、以上のようなとおりです。
○岩渕友君
松井参考人にお伺いをするんですけれども、今のお話を受けて、日本政府がなかなかイスラエルに対して物が言えないということに対して、アメリカの顔色うかがっているんじゃないかというふうに指摘をせざるを得ない状況だというふうに思うんです。だから、イスラエルにもきちんと物を言うし、さらに、国際紛争を解決する手段ということで、戦争を放棄している日本国憲法を持っている日本政府だからこそ果たせる役割があるというふうに思うんですけれども、参考人はどのように考えられるでしょうか。
○参考人(松井芳郎君)
アメリカの顔色をうかがってイスラエルに対する厳しい非難ができないというのは、私もそういう印象は持っておりますけれども、しかし、これは確証があるわけではありませんので、余り研究者として大っぴらにそういうことを言うのは難しいかなと思います。
それから、平和的解決について憲法の立場から努力すべきというのは全くそのとおりでありまして、時間の制約で最後の方、はしょりましたけれども、そこで一言申し上げるつもりだったんですけれども。
平和的解決の努力をするということは日本も今までやらなかったことはないので、非常に目立つ形でいつもやっているというわけには残念ながらいきませんけれども、例えば、もう大分昔の話ですが、カンボジアなどでは一定の努力をされたということを記憶しておりますし、やっぱり国際紛争自体を解決するために役割を果たすというのは、平和憲法を持ち出すまでもなく、やっぱり国際社会で一人前の立場を維持しようと思えば大変重要なことではないかというふうに思っておりますので、この点についても、外務省、政府、是非御尽力をいただきたいというふうに思っております。
○岩渕友君
三人の参考人の皆様、ありがとうございました。以上で終わります。
○岩渕友君
ありがとうございます。
済みません、一問だけ榛澤参考人と松井参考人にお伺いをしたいんですけれども、それは、先ほど村田参考人が話をされていたUNRWAをめぐる問題のことなんです。
それで、日本政府も資金の拠出を停止をしているんですけれども、ノルウェーの外相が、支援を停止することはパレスチナの人々への集団的懲罰だということで、支援の継続を訴えるという状況になっています。先ほどの村田参考人のお話も見直す必要があるのではないかという御意見だったというふうに思うんですけれども、この問題をどういうふうに考えたらいいか、それぞれちょっと御意見教えてください。
○会長(猪口邦子君)
それぞれでよろしいですか。
○岩渕友君
榛澤さんと松井さん。
○会長(猪口邦子君)
榛澤さんとね、はい。
では、榛澤参考人。
○参考人(榛澤祥子君)
御質問ありがとうございます。
現在そのUNRWAが糾弾されている事柄に関してICRCとしてはコメントをする立場にはないのですけれども、ガザにおける本当に驚異的な人道的ニーズとそれから苦痛の規模というものをやはり目の当たりにする者として、UNRWAの支援は不可欠であると考えています。
激しい戦闘が続いていること、そして人道支援物資の現地への到達というものがなかなか遅々として進まないことにより、人道状況はやはり悪化していると思います。現在のシステムでは、人道的ニーズへの十分な対応は不可能です。人道支援キャパシティーは本当に既に逼迫しており、特にニーズの大きさを考えると、援助の中断を避けるということが極めて重要ではないのかなと思っています。
UNRWAは、食料配給から教育に至るまで、実に幅広い業務に従事していまして、これは実際に人道支援に必要な活動というものが本当に膨大かつ複雑であるということを物語っているんじゃないのかなと思っています。
全ての紛争当事者は、国際人道法を遵守して民間人を保護し、必要不可欠な援助が途切れなく提供されることを守らなければならないとしています。ICRCは、人道支援の妨げのない定期的な流れと、それからこの援助を人々に届けるのに実際に必要な条件が満たされることを改めて求めたいと思います。また、ICRCはUNRWAに取って代わることはできません。考えていません。そのような立場にもありません。
以上です。
○会長(猪口邦子君)
村田参考人。(発言する者あり)あっ、松井参考人。済みません、ごめんなさい。
○参考人(松井芳郎君)
御質問の件でありますが、今日も御指摘あったと思いますけれども、UNRWAの職員がハマスと内通していたということがあれば、これ自体は大きな問題でありまして、現に、国連ないしUNRWAの方で内部調査を始めているというふうに聞いておりますが、それに対してその資金の提供をやめるというのはまさに集団的懲罰に当たるわけでありまして、人道的援助に必要である限り、これは、資金の提供をやめるというのは、たとえ指摘されているような事実があったとしてもやはり問題であろうというふうに考えております。
○岩渕友君
ありがとうございました。
以上で終わります。
2024年2月14日(水) 参議院 外交・安全保障に関する調査会
「武力紛争等と人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題」
赤十字国際委員会(ICRC) 駐日代表 榛澤祥子参考人
○参考人(榛澤祥子君) 赤十字国際委員会、ICRC、駐日代表の榛澤と申します。
本日は、このような貴重な機会をいただき、心より感謝申し上げます。
皆さんのお手元にあるこの写真、この写真は、2023年5月12日にウクライナの東部にあるハルキウの村々で食料と衛生キットを配付した際の写真です。昨年の今、私はウクライナにいました。2022年2月24日にロシア・ウクライナ国際的武力紛争が開始してからもうすぐ二年。人々の命、そして尊厳ある生活が戦闘の犠牲となる現実は二年近くたった今でも全く変わっていません。特に厳しい冬の間は人々の生きる力が試されます。
一年前、私は、東部の前線に近いクピャンスクという町に支援物資を届けました。このミッションで、ああ、自分がきっと一生忘れないなと思ったことは幾つかあるのですが、前線地域の独特の張り詰めた空気もその一つです。前線地域に残るしかない人々、残ると決めた人々へ支援を届けることは、紛争当事者双方と守秘義務にのっとった直接的な対話を続け、信頼を得ている赤十字であるからこそ実現可能な活動の一つです。
次のページをお願いします。
赤十字国際委員会、ICRCは、まさに戦場で生まれた有事の際に活動する最も長い歴史を持つ人道支援組織です。今から164年前の1859年にイタリア北部でソルフェリーノの戦いを目撃したスイス人実業家アンリ・デュナンが、敵、味方の区別なく苦しむ人を救わなければならないと考え、激戦地での負傷者の救護に自ら携わったことから始まりました。
現在、約百か国で1万7000人ほどのスタッフが活動しています。2024年の予算規模が最も大きい三か国は、ウクライナ、シリア、イエメンとなります。日本では、日本赤十字社が皆様によく知られているかと思いますが、日赤とICRCは同じ赤十字ファミリーに属します。日赤は、日本における災害や有事の際に活動する組織である一方、ICRCは、スイス・ジュネーブに本部を置く国際組織で、紛争の際に世界中で活動を実施します。
ここで一点強調したいことは、赤十字の強みは、何といっても、国際レベルで活動する私たちICRCとローカルレベルで活動を続ける各国赤十字社、赤新月社の強固な連携にあります。お互いの強みを生かし、喫緊の人道危機に協力して取り組むことで、私たち赤十字は、より多くの人々に真に寄り添った支援を提供することができます。
次のページ、お願いします。こちらがICRCの使命となります。
まず第一に、ICRCは、公平、中立、独立した人道支援組織で、武力紛争及びその他暴力の伴う事態により犠牲を強いられる人々の生命と尊厳を保護し、必要な援助を提供します。
公平とは、国籍や人種、宗教などの違いによるいかなる差別もなく、助けを必要とする人のニーズに応じて、最も急を要する支援を優先して提供することです。日本の例を見てみると、能登半島地震の対応でも、被災者のニーズを把握するであるとか被災者に寄り添った支援ということが度々言われているかと思います。人々が必要とする支援を届けることが基本であり、自分たちが思い描いたニーズではなく、現場のニーズをきちんと把握して対応することが重要となります。
独立とは、最も必要な場所に援助が届けられるよう、政治、経済、軍事、宗教などの権力や影響力から独立している必要があるということです。紛争当事国から例えばこの町でICRCは支援をしてくださいと言われたとしても、私たちは、まず自分たちでニーズ調査を実施し、赤十字の仲間とともに支援を実施します。
中立。2022年、2023年ほど中立であることの難しさを思い知った年はなかったように思います。中立とは、全ての人の信頼を得て活動するため、一切の政治的、思想的思惑に関与しないということです。こちらについては、後ほどもう少し詳しくお話ししたいと思います。
二点目は、どうしても避けて通れない話、国際人道法です。
昨年10月7日からのイスラエル・ガザ間の戦闘激化に伴い、日本のメディアでも国際人道法がより頻繁に取り上げられるようになりました。国際人道法は、国際的武力紛争又は非国際的武力紛争においてのみ適用される法規で、大きく分けて二つの役割があります。一つ目は、戦闘行為や手段の規制、暴力の使用を紛争の目的を達成するのに必要な量に制限すること。二つ目が、戦闘に参加しない人々、例えば文民であったりとか、それから傷を負って動けない戦闘員などの保護です。国際人道法は、その紛争が合法か否か、例えばロシア・ウクライナ国際的武力紛争が合法であるか否かについて答えを与えるものでありません。
ここから人道支援自体が直面している危機、課題について少しお話しさせていただきたいと、あっ、ちょっとその前に。
これらのその国際人道法なんですけれども、これらの多くは、日本も加入している1949年の四つのジュネーブ条約と二つの追加議定書の中にまとめられています。ジュネーブ諸条約は、国際人道法の中核となるものです。そして、武力紛争におけるICRCの役割や任務は、ジュネーブ諸条約及び追加議定書に定められています。ICRCは、国際人道法においてその名前と役割が記されている唯一の機関であり、国際人道法の守護者と考えられています。
では、次のページ、お願いします。
ここから人道支援自体が直面している危機、課題について少しお話をさせていただきたいと思います。
一つ目は、紛争の長期化及び都市化です。
私たちICRCが展開している国で活動規模が大きい上位10か国での活動期間を平均すると、42年に及びます。これは2019年の数字なので、今ではそれよりも大きい数字になっていることは確実です。その一方で、緊急な対応を必要とする紛争はやむことがありません。紛争の長期化により苦しみが続き、弱い立場に置かれている人々が極めて大きな影響を受けることはもちろん言うまでもありません。
同時に、紛争の長期化は私たち人道支援組織にも様々な影響を及ぼします。その最たるものは、長期化した紛争下において支援活動を行う際、短期的な緊急時支援とそれから中長期的な支援とを並行して走らせる必要が生じる点です。さらに、人口密集地が攻撃されることで、民間人や民間インフラへの被害が深刻となっています。主要なインフラが破壊され、水や電力、教育、医療といったサービスが機能不全に陥ります。また、市街戦が長引くことで、インフラが修復できずに放っておかれ、回復するまでに長い年月を要します。私たちが活動する紛争地では、安全上の理由から開発機関などが撤退する事態が間々あり、その結果、人道支援組織が持続可能な人道上の措置を提供することが求められます。
同時に、忘れ去られる紛争について触れたいと思います。
皆さんのお手元のパワポの下の部分は、ICRCのアフリカ事業局長、パトリック・ユースフのXへの投稿です。世界の関心がメディアの注目を受ける紛争や危機にだけ向けられているときでさえ、世界のほかの地域でも苦しみが続いていることを忘れてはならないと伝えています。
隣の写真は、コンゴ民主共和国で2023年11月に撮影されたものです。コンゴ民主共和国の北キブ州では、2023年に勃発した武力衝突以降、多くの人々が避難を強いられています。最近、戦闘の激化に伴い、状況が悪化しています。
現在、ICRCが把握しているだけで、世界中に約120の武力紛争が起きており、60以上の国と百以上の非国家武装集団が紛争の当事者となっています。
以前はウクライナ、その後はイスラエル、ガザというように、世界中の注目を集める紛争がある一方で、大部分の紛争は、起きたときにはニュースになるものの、その後かなり早い段階で忘れ去られてしまうものです。ただ、ニュースにならないからといって、忘れられてしまうからといって、人々の苦しみがなくなるわけではありません。忘れられている紛争、そして、そこで生きている人々にどうやって光を当てていくのかは、私たち人道支援組織にとって大きな課題となっています。
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二つ目は、複合的な人道危機です。
気候変動が世界全体として取り組まなければならない大きな課題であることは言わずもがなです。紛争下にある国など既に適応力が低下したコミュニティーが、気候変動の原因をつくり出す社会システムから最も遠いところにいるにもかかわらず、その影響を一番受けています。紛争に気候変動が重なることで、食料不足や経済不安、健康被害が拡大することに加えて、必要不可欠な公共サービスへのアクセスが制限されるなど、既にある問題をより悪化させるためです。そうした状況下にありながら、気候変動への適応力が乏しい国ほど対策がなされずに置き去りにされています。
この写真は、アフリカのマリで撮影されたものです。男性が水を集めている様子ですが、この村では、紛争と気候変動の複合的な影響を受けている村人を支援するために、ICRCが水場を設置しています。このように、ICRC始め人道支援組織は、コミュニティーに対して気候変動の影響にも耐え得る強いシステムの構築を目指しています。
気候変動だけではありません。感染症や世界的な食料、エネルギー価格の高騰により、既に弱い立場に置かれている人々は更に追い詰められています。
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三つ目は、人道原則、特に、中立を真に理解していただくことの難しさです。世界の分断が進み、多国間主義が大きな転換点にある中で、中立がますます理解されづらい理念になっていると考えます。
例えば、A国それからB国が国際的武力紛争の状況にあるとします。で、A国ではICRCが捕虜の訪問を実施できている一方で、B国ではICRCが捕虜の訪問を十分にできていない状況にあります。そこで、A国の当局から、ICRCは声を上げてB国がジュネーブ条約を遵守していないと批判するようにというプレッシャーが掛かるとします。
ここで、ICRC、私たちが声を上げてB国を公に批判したらどうなるでしょうか。まず、B国にいる捕虜の人々への私たちしか得ていないアクセスが一切なくなることが容易に考えられます。その結果、苦しむのは捕虜の人々とその家族です。さらに、B国で活動するICRCのスタッフへの査証が下りなくなるようなこともあるかもしれません。
私たちICRCにとっての中立とは、紛争当事者との対話を避け、面倒なことに関与しないといった消極的なものではありません。私たちにとっての中立とは、犠牲者へのアクセスを確保するツール、手段です。中立であるがゆえに、紛争当事者から信頼され、その信頼をベースに支援を必要としている人々へのアクセスを得る。これがICRCが160年以上実施してきた中立です。
ウクライナで捕虜収容施設を訪問した際に理解したことは、紛争時に人間性を保つことの難しさ、そして、弱い立場に置かれた人々に人間としての最低限の尊厳を保つための希望を中立であるICRCが届けることができるという事実です。
写真は、家族からウクライナ人の捕虜に宛てられた手紙、これは実際のものです。この手紙がロシアにいるウクライナ人の捕虜に届くのも、私たちが決してぶれずに中立であり続けるからこそです。
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この写真はガザで撮影されたものです。破壊された建物は、以前、パン屋さんでした。
先週末、パレスチナ赤新月社の同僚、ユースフとアフメドが、6歳の女の子、ヒンドちゃんの救出活動中に殺害されたことを知りました。ヒンドちゃんも命を落としました。二週間近く、ヒンドちゃんと彼女の親族、そしてパレスチナ赤新月社の救急隊員の行方が分かりませんでした。今、ガザにはどこにも安全な場所がなく、守られるべき命が守られていません。
実際に国際人道法の違反とみなされるであろう状況は世界中にあります。その一方で、メディアで、国際人道法が守られていないことのみが大きく取り上げられ、戦争にルールを設けること自体に無理があるのではといった声が上がっていることを非常に懸念します。
先ほど収容施設への訪問に触れましたが、ICRCによる捕虜の訪問も、ジュネーブ第三条約を紛争当事者が遵守することにより実現していることです。国際人道法が実際に守られていることを意味します。最前線で人道支援に携わる私たちは、日々の経験を通して、国際人道法がいかに重要な役割を果たしているかを目の当たりにしています。紛争当事者や当事者に影響を与える国が国際人道法のルールを尊重することは、人々の命を救い、苦しみを和らげ、将来的な対話と平和の可能性を維持するために不可欠です。
同時に、私たちは紛争の厳しい現実も知っています。こうした現実について紛争当事者に働きかけること、そして対話や人道外交などを通して遵守を求めることも私たちの責務です。
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以上を踏まえ、日本の果たす役割について、以下三点を提案させていただきたいと思います。
一つ目は、国際人道法と人道原則についての理解の促進です。
まだまだ日本における国際人道法の認知度は高くないというのが現実かと思います。その最大の理由は、日本が長い間平和を享受してきたということではないでしょうか。それは本当にすばらしいことだと思います。ただ、世界が急速に変わりつつある今、戦争にもルールがあることを、より多くの議員の皆様、省庁の皆様、そして一般の方々に、平時のときから理解していただきたいと考えます。これは、仮に日本を巻き込むような紛争が起きた場合、そうならないことを切に祈りますが、国際法上守られるべき人々の苦しみを軽減するための予防的な意味を持つと考えます。
ICRCは、決して紛争、戦争を肯定しているわけではありません。私たちは、誰よりも戦争がもたらす苦しみを知っています。であるからこそ、まずは平和が維持されること、そして、いつかICRCのような組織が存在しない世界になることを熱望します。ただ、戦争が起きたときに、少しでも多くの人たちの命を救い、苦しみを和らげたいという思いが私たちを動かしています。
二つ目は、国際社会の法と秩序を尊重する日本としてのリーダーシップです。
日本が牽引する自由で開かれたインド太平洋でも、法の支配の尊重は中核的な理念と位置付けられています。もちろん、国際人道法も国際法です。
日本を含む全ての国が、ジュネーブ諸条約に加入しています。すなわち、全ての国が、戦争を引き起こす理由がいかなるものであれ、戦闘に参加しない人々への被害を最小限に抑えることは法的義務であると決定しています。分断により多国間主義が妨げられている今こそ、平和が揺らいでいる今こそ、国際人道法を政治的な優先事項に高めるときだと考えます。
国際人道法の遵守に向けた働きかけは、何も私たちICRCだけが実施することではありません。バイ及びマルチの場での国際人道法の遵守に向けたより積極的な働きかけを日本に求めます。
また、日本には、G7、G20、国連安全保障理事会といった各国が集まる重要な場で、人道支援が直面している諸課題について積極的に議論をリードし意見をまとめる役割を果たしてほしいと思います。本年三月には日本が安保理で議長国を務めます。その機会を捉え、人道諸課題に対応していくためのイニシアチブを発揮することに大きく期待しています。
三つ目は、人道支援に対するODAを通じた支援の継続と拡充です。
まず、日本の皆様からのICRCへの御支援に心からの感謝を申し上げます。
令和5年6月9日に閣議決定された開発協力大綱の中で、対国民総所得、GNI比でODAの量を0.7%とする国際的目標を念頭に置くとしていますが、この実現に向け具体的な検討を進めていただくことを期待します。そして、その際、人道支援が果たしてきた役割、その重要性を踏まえ、最も必要とする人々に迅速かつ確実に支援が行き届くよう意思決定の迅速化を行うと同時に、必要な場合には質の高い柔軟な拠出を取り入れていただきたいと考えます。これはまさに今の開発協力大綱にうたわれていることです。
御支援いただくためには、透明性の確保といったICRCが果たさなければならない義務があること、そして、人道支援に対する国民の皆様の御理解をより促進させる役割を私たちが果たしていく重要性については言うまでもありません。
最後に、次のページお願いします。
人道原則の一つでもあるヒューマニティー、日本語で人間性、人間らしさと言えばよいのでしょうか、私はこれは全ての人間が生まれながらに持っているものだと考えます。例えば、道を歩いていて前を歩いている人が転んだら、駆け寄って助けようと思いませんか。声を掛けようと思いませんか。
つい先日、ICRCのスタッフとして最近までガザに赴任していた日本人の外科医に話を聞く機会がありました。彼は、またガザに戻ることを希望していました。そして、その理由は、自分にスキルがあって、そこに救う人がいるからでした。これが人道主義ではないでしょうか。
人道主義は、人間性から生まれる、苦しんでいる人々を助け、状況を少しでも改善しようとする人間の理念と実践であると考えます。私たちが紛争地で人々の命を救えるよう、人道主義を実践できるよう、皆様の力を貸してください。そして、人道主義の実践・再構築という重要なテーマにおいて、今後、本調査会には、日本、そして世界を牽引、牽引していっていただきたいという私どもの願いをお伝えして、終わりにさせていただきたいと思います。
御清聴どうもありがとうございました。
2024年2月14日(水) 参議院 外交・安全保障に関する調査会
「武力紛争等と人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題」
国境なき医師団 日本事務局長 村田慎二郎参考人
○参考人(村田慎二郎君) 国境なき医師団日本の事務局長をしております村田慎二郎と申します。
本日は、参議院外交・安全保障に関する調査会にて、21世紀の戦争と平和と解決力、新国際秩序構築というテーマの下に、武力紛争などと人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題という、関するこの調査において参考人としてお招きいただきまして、誠にありがとうございます。国境なき医師団を代表してお礼申し上げます。
国境なき医師団という組織は、1971年にフランスで医師とジャーナリストによって設立された人道援助団体です。設立に携わった医師たちは、1960年代後半に、アフリカ・ナイジェリアでのビアフラ紛争の際に国際赤十字の救援活動に従事しておりまして、その際、現地でナイジェリアの政府軍による一般市民への暴力を目撃して強い憤りを覚えたことから、当時の赤十字のルールであった沈黙の原則、つまり、活動現地で起こったこと、見たことを公に発信しないという原則に背きました。ビアフラで目撃した事実を公に告発して、国際社会の反響を呼んだのです。この経験によって、援助活動だけでは変えることができない人道危機に関して、現場で起こったこと、見たことを公に発信することで、国際社会の関心や介入を呼ぶことの重要性を認識いたしました。その医師やジャーナリストたちがつくったのが国境なき医師団です。
主な活動としては二つありまして、一つは緊急医療、人道援助、そしてもう一つは現場で目撃した人道危機について世界に発信をする証言活動、この二つを活動の柱として50年以上にわたって活動をしております。医療だけが注目されがちですけれども、ガザ地区のように、今どんな人道危機が起こっているのか現地から発信し、国際社会の介入を訴えていくことも、また国境なき医師団にとって重要な活動となっております。
国境なき医師団は、2022年の実績で申し上げますと、75の国と地域で活動し、日本円で約2991億円を用い、約4万9000人のスタッフが活動に従事しました。スタッフの80%以上は活動国で採用された現地のスタッフです。
次のページお願いいたします。
国境なき医師団の活動は、人道原則の独立、中立、公平を堅持しており、いかなる国や団体からも干渉や影響を受けることなく、ニーズに基づいた支援を公平に届けるために、活動資金の95%以上を民間からの寄附で賄っております。その85%以上は一般個人の皆様からの寄附となっております。日本からの一年間で約42万人の一般個人の方を含め、世界中で約700万人の寄附者様に支えられており、刻々と状況が変化する紛争下での援助活動や自然災害への緊急対応に柔軟かつ迅速に活動することが可能となっております。
各国からの、各国政府からの資金に関しましては全体の1%ほどでありまして、中立性確保の観点から、主に紛争地ではないプロジェクトに限りまして、昨年はカナダ政府、スイス政府の資金を受け入れ、これまでに日本政府からも、補正予算からの国際機関等拠出金の形で、これまで、西アフリカやコンゴ民主共和国のエボラ出血熱の対応、バングラデシュでのロヒンギャ難民支援などに御支援をいただいております。
本日は、まず、国境なき医師団がこれまで紛争地での人道援助の実践をどのようにしてきたか、それを御説明したいと思います。
次のページお願いいたします。
国境なき医師団は70以上の国と地域で活動しておりますが、その約3割は武力紛争下での活動です。なぜ国境なき医師団は紛争が起きている現場で活動ができるのか。それは、独立、中立、公平の人道原則の徹底した実践によって可能になっております。これは、国際人道法があるおかげで活動ができていると言っても過言ではありません。
国境なき医師団は、紛争地を含め、いかなる場所でも、原則、非武装で、軍による護衛も付けず、自らの調査で現地のニーズを把握して、医療ニーズのみを基準に最も喫緊の援助が必要な場所や分野を判断して、どのような患者に対しても無償で治療を提供しております。これは、たとえ戦闘員であったとしても、ジュネーブ諸条約に基づいて、一旦武器を手放せば治療を受けることができるからです。
紛争地での医療活動を可能にするために、国境なき医師団は、政府機関やほかの援助機関だけでなく、あらゆる紛争当事者と話しまして、活動の理由や、自分たちが誰で、なぜここにいて、何をしようとしているのかという説明をしていきます。これは、政府の軍であっても、反政府勢力であったとしても、ローカルの武装勢力であったとしてもです。私たちはそれをエンゲージと呼んでいますけれども、対話をすることで活動に対しての理解を得ます。この交渉の際には、国際人道法において病院や医療要員は保護の対象であること、負傷した戦闘員は保護されること、また病院は非武装のゾーンであることなどを説明して、私たちの活動に対し理解を得るように努めております。
また、国境なき医師団の病院やクリニック、救急車などは当団体のロゴを掲示しまして、活動地のGPSコードや移動に関する情報を事前に紛争当事者に通知し、保護の対象であることを分かりやすくしております。
これらは、国際人道法の医療保護の原則、そしてそこで定められているルールに沿っており、国際人道法は、国境なき医師団が人道援助を届けること、そして医療を必要としている人々へのアクセスを確保するために、紛争地において、倫理的というよりは実用的なツールとなっております。
また、組織の方針として、質の高い医療、人道援助を常に提供すること、活動内容に関して透明性を保つこと、緊急事態においてこそ迅速な援助を提供することなどが結果的に私たちの活動を守ってきました。そして、現地の伝統、文化、宗教を尊重し、敬意を払うことで紛争地においても人々に受け入れられ、活動を継続できるよう努めております。
国境なき医師団は、活動開始に際しましては、現地の保健省など関係する政府機関、紛争当事者などと協議をし、活動に関する理解が得られ、医療施設、スタッフの必要な安全が確保できると判断した場合にのみ活動を行います。ただ、紛争地においてリスクをゼロにするというのは現実的ではなく、リスクを小さくしていく、団体としてマネージできるレベルにするといった考え方もまた必要であるというふうに考えます。
このような方針、方法によって、国境なき医師団は、ミャンマーやアフガニスタン、イエメン、シリア、スーダン、中央アフリカ共和国、チャド、コンゴ民主共和国といった国々でも現在も活動を継続することができております。
しかしながら、国際人道法を尊重しない紛争当事者や紛争当事国のために、これまで申し上げた国境なき医師団の原則や手法を用いても活動ができていない地域があるというのもまた事実です。
近年、国境なき医師団が紛争下の活動で直面している主な問題を、二つ事例を用いて詳しく御紹介させていただきます。
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まず一つは、医療への攻撃です。
医療施設、それから医療活動に携わる人々、また救急車などの搬送車両は国際人道法の保護下にありますが、このルールが守られず攻撃に遭っております。
WHO、世界保健機関のデータによりますと、昨年は、ガザ地区やミャンマー、ウクライナなど、19の国と地域で1400件以上の医療に対する攻撃が記録されておりまして、730人以上の医師や看護師が殺害され、1200人以上が負傷しました。この1400件以上の医療への攻撃のうち820件以上は、10月からのたった3か月でのガザで起きたものです。また、一昨年は、世界で千六百件を超える医療への攻撃が記録されましたが、そのうちの7割強はウクライナで起こっております。
このように、過去2年間の数字を見ても、国家の正規の軍隊が国際人道法を尊重していないということが言えるかと思います。医療への攻撃を軍事作戦の一環として行っているのではないかとさえ考えます。
医療への攻撃の何が問題か。それは、単に国際人道法に違反しているや、病院で働いている医師や看護師が被害に遭うというだけではなくて、その紛争地で病院を命綱にしている現地の何千人、何万人という人たちから医療へのアクセスが奪われることです。それによって、救われるはずの命が救えなくなっていき、助かるはずの命が助からなくなっていくと、それが問題なのです。
日本政府は、2016年、国連安保理の理事会にて、紛争下の医療従事者及び医療施設の保護に関する決議第2286号を共同起案国の一つとして採択を主導しました。日本政府には、世界で今なお続いている紛争において、紛争の当事国並びに当事者に対しまして、国際人道法で定められた医療の保護を遵守するよう、人道外交の面でリーダーシップを発揮していただくことを期待いたします。
続いて、大きな問題の一つとして、各国で実施されている対テロ政策が、国際人道法で認められているはずの人道援助活動の制限にまで及んでいるケースについてお話しいたします。
これは、例えば、政情不安定な国でテロリストと指定された勢力の支配地域に暮らしている民間人への人道援助がその国の国内法によって制限若しくは禁止されたり、テロリストとして指定された勢力と人道援助団体が人道援助活動のために接触を持つことや、テロや犯罪の疑惑がある患者を医療上の理由で治療したり搬送する行為そのものが禁止されたり、犯罪とみなされるケースがあります。
反政府勢力が支配している地域に住んでいても人道危機に瀕している子供や女性を含む民間人には援助が届けられるべきであり、人道援助組織としては、そのためにあらゆる紛争当事者と対話をし、医療・人道援助活動に対して理解を得ることは不可欠です。また、兵士を含めどのような立場の人であっても、一旦武器を手放せば治療を受けられるようにしなければいけません。これは国際人道法で定められたルールであり、命を救うために必要な医療を提供しないということは医の倫理に反する行為でもあります。
国境なき医師団は、ここ数年の間だけでも幾つものこうした事例に直面しております。
例えばカメルーンでは、反政府勢力の支配地域で銃撃による負傷者を救急車で搬送していた国境なき医師団のスタッフが当局に逮捕されてしまいまして、その地域での活動を中止せざるを得なくなりました。
また、マリやニジェールでも人道援助活動が犯罪とされるケースが相次ぎ、紛争によって国際、地域に追い詰められた、国境地域に追い詰められた人々に援助を届けることが極めて難しくなりました。
そして昨年11月、スーダンでは、政府当局が対立している準軍事組織、RSFに制圧された首都のハルツームで外科手術に必要な物資の輸送を禁止しました。当局の目的は敵対するRSFの負傷者、負傷した兵士が治療が受けられないようにするということにありましたが、結果として、国境なき医師団が活動していた病院では、帝王切開など紛争とは一切関わりのない手術までもが提供できなくなってしまいました。
また、2021年、タリバンの政権掌握に対して国際社会が科した制裁によってアフガニスタンに届けられる援助が大きな影響を受けたように、国際的な制裁が人道援助の障壁になることもあります。昨年7月には、クーデターが発生したニジェールに、ECOWAS、西アフリカ諸国経済共同体や近隣国が制裁を発動した結果、食料やワクチンなどの援助物資を運び込むことができなくなりました。
また、対テロ法や制裁の形を取らずとも、政府の抵抗勢力がいる地域への援助活動が国の政策によって制限される事例もあります。例えばミャンマーでは、昨年5月のサイクロン・モカによって甚大な被害を受けたラカイン州での活動を軍事政権が制限をし、国境なき医師団が地域の約46万人を対象に提供していた医療、人道援助も中断を余儀なくされてしまいました。こういった状況下で最も打撃を受けるのは、紛争や貧困、食料危機に苦しむ人々、子供たちです。
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国境なき医師団は、2016年から国連や各国に向けて、対テロ法や制裁などの規制対象から人道援助を除外するよう呼びかける活動を行っております。こうした働きかけの積み重ねによって、昨年6月、カナダでの対テロ法から人道援助が除外される法改正が実現されました。また、2022年12月には、国連安保理で、国連の制裁措置から向こう2年間は人道援助を除外する決議が採択されました。
国連の制裁のみならず、全ての国際的な制裁において人道援助を対象の除外とする措置がとられることを強く求めます。
また、国家による制裁や規制によって人道援助が妨げられないように、日本を始めとする国際社会による更なる取組をお願いしたいと考えております。
冒頭で、国境なき医師団は各国政府からの資金の受入れを自ら制限しているということを御説明しましたけれども、実は今資金を受け取ることができる国として国境なき医師団が決めているのが世界で3か国あります。それは、スイス、カナダ、そして日本のこの三か国です。
日本は、内戦や国際的な紛争において中立的な立場を取ることが多く、紛争が起こる以前から、長年様々な開発支援をメジャーなドナー国として実施してきている場合が多いです。こういった国というのは、G7やG20を見回してもそう多くありません。
そのような立場にいる日本だからこそ、人道主義を実践、再構築するに当たって果たせる役割があるのではないでしょうか。例えば、紛争の当事者双方に国際人道法を遵守するよう働きかける。また、国の政策や規制によって人道援助活動の実施に制限が掛けられている場合は、それを取り除くよう当事国政府に働きかける。また、国連安保理での外交活動など、真に人々のニーズに基づいた公平な人道援助が実施されるよう、国際社会による取組をリードしていく。そういった役割を日本政府に果たしていっていただきたいと考えております。
国境なき医師団からは、毎年百名弱の海外派遣スタッフが世界各地で人道援助活動に従事しております。現地から彼らが今現場で何が起こっているのか、どんな支援が必要とされているのかを発信していくことで、日本の多くの方々に現状を理解いただき、支援の必要性を実感していただいているように思います。
国境なき医師団のスタッフは、紛争地など様々な活動地で経験を積むことで対応能力を磨き、成長していっております。人道主義を実践していく上で、人道危機に対応できる人材を育てるという観点からも、人道援助の従事者がこうした活動地に行くことが日本社会において今よりも受け入れられ、さらには奨励されるような社会をつくっていくことも必要だというふうに考えております。
最後になりますが、これまで申し上げてきたように、人道援助は今、かつてないほどの危機に直面しております。世界各地で起きている人道危機の数や難民、国内避難民の数は増え続け、気候変動によって自然災害も頻発しております。そして何より、人類が長い年月を掛けて作り上げてきた人道に関する様々な国際的な規範やルールが紛争当事者や国家の政策によってないがしろにされている傾向が近年増加の一歩をたどっております。子供を含めた民間人の膨大な犠牲、医療施設への攻撃、人道援助活動や物資輸送の制限など、今ガザの人々が直面している苦しみというのはその最たる例です。これは、ガザの人々のみならず、人道援助の行く末を変えてしまい、人類の運命をも変えてしまうかもしれない事態と言えます。
現在、イスラエル軍がラファへの地上侵攻を表明しておりますけれども、国境なき医師団はこれを直ちに停止することを求めます。これ以上の大規模な民間人の殺害を許してはいけません。そして、日本を始め関係国の政府に対しては、完全かつ持続的な停戦をもたらすために行動を取っていただくよう強く求めます。
今後、世界中でヒューマニタリアンスペース、すなわち人道援助活動を行うことができる空間、これが消滅していくことを国境なき医師団は強く危惧しております。危機的な状況にある人々を、人々のニーズに基づいた公平な人道援助が世界のどのような場であったとしても提供できるよう、人道主義の再構築に取り組んでいただくことを皆様に心よりお願い申し上げます。
2024年2月14日(水) 参議院 外交・安全保障に関する調査会
「武力紛争等と人道主義の実践・再構築に向けた取組と課題」
名古屋大学 名誉教授 松井芳郎参考人
○参考人(松井芳郎君)
松井でございます。
レジュメをお配りしてあると思いますのでそれに沿ってお話ししますが、どうも今のお二人のお話が大変生々しい現場のお話で、レジュメもカラー写真の入った分かりやすいレジュメだったんですが、私のものは無味乾燥でありまして、申し訳ございません。
依頼をいただきましたときにいただいたテーマ、これはこの調査会の議論を、多分、事務局の方でまとめられたテーマだと思いますが、人道危機における国際法の意義や役割、そして国際人道法の必要性や履行確保等に関わる課題を話をしろという御要望でありました。このテーマに即して、国際法における武力がどのように規制されてきたかということを中心に話をさせていただきます。
武力の規制というのは、国際法は長年にわたって二つの局面で行ってまいりました。一つは、レジュメの一のところにまとめておりますが、戦争に訴えること、どういうときに戦争に訴えていいのか悪いのかという、学者が使う、ラテン語だとユス・アド・ベルムの規制があります。それからもう一つは、一旦起こってしまった戦争ないし武力行使をどのように行うべきなのかという規制、ユス・イン・ベロと申しますが、そういう言わば戦い方の規制であります。この二面に即してお話をまとめてあります。
歴史的な発展を軸にお話をいたしますが、ここで伝統的国際法と現代国際法という言葉をしばしば使いますので、冒頭に一言定義を申し上げておきたいと思いますが、伝統的国際法というのはおおむね第一次世界大戦頃までの国際社会を規律した国際法でありまして、これが両大戦間に変化を始めて、第二次大戦後、次第に現代国際法の姿が明らかになるという流れになっております。
そこで、こういう二つの段階で武力の規制がどのように進んできたかという形でお話しすることになると思いますが、人道法のお話については、今お二人のお話の中で現場を踏まえた非常に詳細なお話がございまして、私が用意した中で言わずもがなのことも入っておりますので、皆さんがお二人の話を聞いて理解されていると思われる部分はレジュメにある部分でも省略をしたいと思います。
さて、その伝統的国際法の時期でありますが、戦争に訴えることの規制、ユス・アド・ベルムは実は規制がございませんでした。国は、何を理由にして戦争を始めるかという戦争原因の自由と、それから、そのような理由が存在することを認めて戦争を行うことを決定する戦争決定の理由、自由、両方を持っていたというわけであります。
もちろん、この時期にも一定の正しい理由がある戦争だけを認めるのだという正戦論があることはありましたけれども、これは現実の国際法とはならず、学説上あるいは宗教上の議論にとどまったと言わなければならないだろうと思っております。
これに対して、戦争の行い方の規制は、先ほど赤十字の歴史の話もありましたが、それとともに長い歴史がありまして、いわゆる戦時国際法ないしは戦争法が規制をしてまいりました。
しかし、これには非常に不十分な点が多々ありまして、最も重要な限界として、戦争法が適用されるのは当時の国際法主体と認められていた文明国の間の戦争だけであるという限界がありました。したがって、非文明国との戦争や植民地戦争には適用できない、それから内戦にも不適用であるというふうにされておりました。それから、当時の戦争というのは、国際法上の用語としては、武力紛争一般を指すのではなくって、国が戦争の意思、戦意を表明することによって生じる状態と理解されておりましたので、戦意の表明がない事実上の戦争にも戦争法は適用されませんでした。
適用の限界がそのように非常に多かったわけですが、もう一つ、内容上の限界としては、戦争法の主要な保護法益は交戦者の平等を確保する、言わば決闘のルールのようなものでありまして、人道的考慮がなかったわけではないと思いますけれども、これは副次的なものにとどまりました。そういう限界があったということでございます。
このような国際、伝統的国際法は、レジュメでいいますと2の場所でありますが、両大戦間に構造転換の時期を迎えます。これについては二点だけ簡単に申し上げます。
一つは、構造転換をもたらしてきたのが国際社会のどのような勢力かということであります。一番国際法の教科書にもよく出てくるのは、ラテンアメリカ諸国のイニシアチブで幾つかの武力の制限に関する条約が結ばれておりますが、そういうふうに、伝統的国際法で武力が使い放題ということで抑圧されてきた中小国が一つのイニシアチブを取っております。それから、先進国では様々な平和運動、社会運動がやはり伝統的国際法の在り方に対する批判を展開いたしました。そして、第二次世界大戦後になりますと、非同盟諸国が非常に強い主張をしてきたということは御存じだろうと思いますし、一定時期には旧社会主義国も一定の役割を果たしたことは否定できません。
そして、その現代国際法の主要な軸というのはどういうものかといいますと、一つは、今日の話の中心である武力行使禁止原則であります。それからもう一点は、今日は詳しいお話はできませんけれども、人民の自決権、そして人々の人権が国際法上確立してきたということも大きな現代国際法の要素になっております。
それでは、話を武力行使原則に戻しまして、レジュメの三の部分でありますが、武力行使禁止原則は国連憲章で確立したというふうに言われております。戦争を違法化しよう、国際法上違法化しようという動きは、主に国際連盟規約に始まりまして、よく知られているところでは1928年の不戦条約、そしてそれを経て、第二次大戦後の国連憲章で武力による威嚇又は武力の行使を禁止いたしました。先ほど問題になった戦争という言葉の使用は意識的に避けているわけであります。この原則は国連憲章の原則でありますけれども、それにとどまることなく、一般国際法、慣習国際法上の原則となり、したがって、全ての国を拘束するんだということについては実務家も学者も一切疑っていないというふうに思います。
それから、もう一点気を付けておきたいのは、武力行使禁止原則は、それ自体で重要であるだけではなくて、国際法の多くの分野に影響を与えているということであります。例えば、武力行使とその威嚇によって生じた領域取得を合法的なもの、合法なものとして認めてはいけないという考え方が確立してまいりました。それから、武力行使とその威嚇によって強制された条約は無効であるという考え方も現代国際法では確立しております。さらに、最近話題になることが増えましたけれども、侵略行為を主導した個人は刑事責任を負うという国際刑事法の原則も、その基礎には武力行使禁止原則がございます。というふうな大きな影響を国際法の各分野に与えているということですね。この点は留意したいと思います。
ただ、この武力行使禁止原則は、言うまでもなく大変大きな限界を持っておりまして、何よりもその実効性をどのように担保するかということであります。国連憲章は集団安全保障という制度を設けまして、相対立する諸国も一緒に協力して平和の維持と回復を行うんだという、言わば内部向け、対内的指向性という言い方をよくすることがありますが、そういう仕組みをつくりました。この仕組みは、対外的指向性、つまり外部に仮想敵国を想定して同盟政策でもって平和を維持しようという伝統的な考え方に比べて、理念的には進歩したものであると言ってよろしいかと思います。ただし、集団安全保障の場合は、戦争によって平和を実現するという矛盾を内包していることも否定できないわけでありまして、しかも、まあ当然のことと言えますか、大国や強国に対しては事実上発動することができないという限界を持っております。これを言わば制度化したのが安保理事会の拒否権というふうに言うことができるかもしれません。
それから、武力行使原則には例外がございまして、国連憲章に基づく国連の措置と自衛権がこの例外に当たりますが、憲章の措置は括弧に置きまして、自衛権発動は何よりも発動する国が決めるわけでありますが、その決める国のやり方は安保理事会の監督の下にある建前になっております。しかし、拒否権を有する常任理事国とかその支持を得た国にとっては、安保理事会ではこれは制約にならないということは言うまでもありません。
それから、国連憲章、これも御存じのことでありますが、集団的自衛権という従来知られていなかった新しい考え方を導入いたしまして、その分だけ自衛権の範囲を言わば拡大したということにも留意する必要があります。
それから、もう一つ重要な限界として、これはお二人のお話にも大変繰り返して登場をいたしましたが、冷戦終結後の武力紛争の大部分は国内紛争、非国際的武力紛争であります。これに対して国連憲章は、国家間の武力紛争を想定して作られております。もちろん、非国家行為体による武力にも対応できないわけではありませんが、国連がこれに対応するについては様々な限界がありまして、御存じのように、十分な対応ができていないというのが現実のことでございます。
それでは、そういう武力行使禁止原則の発展と並んで、戦争法から国際人道法への発展ということがあるというのを読んでお話しいたしますが、国際人道法については、お二人で大変詳細なお話がありまして、また赤十字の簡単なパンフレットも配っていただいていますので、これは基本的には省略をしたいと思います。
要するに、戦争法ではいろいろ適用に限界があったけれども、国際人道法の場合は、少なくとも国際的武力紛争については全面的に適用されるというようになりましたし、非国際的武力紛争、内戦でも一定の人道法規則が適用されるようになっております。
それからもう一点、これも先ほどからお話にもあった公平の原則と関わりがありますけれども、戦争法が平等適用であったというのは当然のことで、つまり、交戦者の平等の確保が保護法益だったから平等適用だったわけですね。ところが、武力行使禁止原則が確立しますと、武力紛争が起きた場合は侵略者とその犠牲者がある、両方に人道法を平等に適用するというのはおかしいんじゃないのという説が出てまいります。しかし、あくまでこれは実定法では平等適用が確立しているわけですね。それの主な理由は、保護法益の性格によるんだろうと思っております。
つまり、伝統的な戦争法は交戦者の権利を保護することが保護法益だったのに対して、人道法はそうではなくて、武力紛争に関わる個人の人権や人道的待遇を確保するということが保護法益になっておりますので、したがって、侵略者にもその犠牲者にも平等に適用されるという結果になるわけであります。
それからもう一点、先ほどのお話を伺っていても必要な追加と思いますが、ちょっとレジュメに書いていないことですけれども、一点追加をしたいと思うんですが。
国連による措置とか自衛権の行使というのは武力行使禁止原則上は適法な行為になりますが、それにもかかわらず、そういった適法な行為にも国際人道法の適用があると。つまり、国際人道法に従って敵対行為を実施しなければならないということを是非確認する必要があると思います。
ウクライナは、もうこれは国連でも何度も確認されたように、ロシアの侵略に対して自衛の戦争を行っておりまして、この戦争といいますか、自衛の武力自体は適法だと思うんですけれども、数日前の報道でも、その非人道性のために広く非難されておりまして、違法の疑いが強いクラスター弾を使用しているという報道がございます。
それから、イスラエルのガザ北部攻撃も、御存じのようにハマスによる攻撃に対する自衛権の行使というふうに主張しておりまして、この自衛権の行使という主張についてもいろいろ問題があると思いますけれども、この主張自体は認めるとしても、文民や民用物、まして病院等に対する広範な無差別攻撃は大方からジェノサイドであると批判されておりまして、人道上、合法と見る余地は全くございませんということを、ちょっとレジュメにないわけですが、追加させていただきたいと思います。
それで、人道法による規制内容の拡充ということでは二点挙げましたが、これは既にお話がありましたので省略をしたいと思います。
そこで、人道法の課題、5のところに飛びますが、一つは、内容上も一層の拡充が必要であることは言うまでもありません。上、レジュメに書きました二つの基本原則、区別原則と不必要な苦痛を与えたらいけないという原則ですが、この二つの基本原則は言うまでもなく全ての兵器、全ての戦闘方法に適用されます。しかし、一般原則による禁止については解釈の対立があり得るわけでして、それを特定的に禁止する条約を作っていくということが望ましいことは言うまでもありません。クラスター弾条約とか対人禁止条約が、対人地雷禁止条約がその例であります。
核兵器の使用についても、区別原則からしても、不必要な苦痛を与える兵器の禁止の原則からしても、一般原則上は禁止されているというふうに理解されますけれども、核兵器国とその同盟国はこうした理解を共有しておりません。御存じのように、核兵器禁止条約がございませんけれども、こういった諸国はこの条約にも入っていないということで、こういった国に働きかけて核兵器禁止条約に加盟させ、核兵器の禁止を国際法上確立することに努める必要があるというふうに考えております。
最も重要なのは、履行確保ですね。かつての戦争法の主要な履行確保は戦時復仇でありました。つまり、やられたらやり返す、やり返されるのが嫌だったらやるなという考えですが、これは言うまでもなく濫用の危険が非常に大きいし、実際に濫用されてまいりましたので、人道法では、戦時復仇は廃止はされませんでしたけれども、厳しく制限されております。これについては、先ほどお話のあった赤十字国際委員会、それから事実調査の制度等ができておりますけれども、まだまだ不十分だということであります。
それで、時間がなくなりましたので、結びのところは一言ずつ、特に日本の課題に触れる部分だけを申し上げようかと思います。
要するに、国際法はいろいろな意味で大きな発展を遂げてきたけれども、特に履行確保、違反に対する対処が極めて脆弱だということを押さえなければいけないということであります。
したがって、紛争が始まって以降は打つ手が大変少ないわけでありますから、紛争の発生自体を予防する、あるいは発生した紛争が武力紛争に至らないように鎮める、そういう予防外交が重要になります。また、一旦発生した武力紛争については、とりわけその犠牲になる一般市民への人道的支援が重要となってまいります。
このような紛争予防、それから人道的危機への対処、いずれも平和的生存権を憲法に掲げる日本は重要な役割を果たすことができるというふうに思われます。日本は、西側諸国の一員ではありますけれども、現在紛争が多発している地域とはそれほど大きな地政学的利害を持ってはおりませんので、紛争の予防や解決に大きく貢献できますし、また、人道的危機への対処についてもこれまでも様々な経験を積んできておりますので、今後とも、これもお二人の報告にありましたように、役割を果たすことができるだろうというふうに思っております。
で、そういう活動を国際社会でやるのは言うまでもなく……
○会長(猪口邦子君)
恐縮でございますが、時間の関係もございますので、御意見をおまとめいただきますようお願いします。
○参考人(松井芳郎君)
はい。
国が中心でありますけれども、個人の市民もいろいろ役割を果たすことができるということを最後に申し上げたいと思います。
済みません、時間を超過いたしました。以上で終わります。