2017.12.27

父・岩渕好位  

<娘が国政の候補者になってからの思い出>
 国政の道をめざすと決意したのは7年半以上前かと思います。決意を私たち両親に話したのは、参議院福島選挙区から立候補するための記者会見2~3日前であったと思います。

福島市内で街頭宣伝

 職場を辞めて、民主青年同盟の専従者になるときも同じような時期に突然話をしたような記憶があります。
 私から言うと、自分の人生の方向性を決定する重大な選択なので、身近な両親くらいには相談してもいいじゃないのと思うところがありましたが、2回とも事前に相談をしませんでした。想像するに、信頼できる先輩などのアドバイスを受け、方向性を決めたのだろうと思っています。
 子どものころから頑固なところがあり、自分で決めたことは誰が何を言っても曲げないところがありましたので、この2回の決断もそうだったろうと想像しています。
 最終的には本人の人生に対する思いなので、それでいいとは思っていますが、一抹の寂しさのようなものを感じたものでした。

 候補者になって活動するからには、自分の気持ちのなかで、なにがあっても当選して国会に行くのだという強い気持ちが必要ではないかと1度だけ言ったように記憶をしています。
 この時期の情勢を客観的に判断すれば、福島県は2人区(今は1人区)で、現職との闘いなので相当頑張らないと当選できる状況ではありませんでした。
 しかし、手前みそになるかもしれませんが、親の目から見てもよく頑張ったと思います。
 候補者とはこんなことにも気を配らなければならないのかと、改めて感じさせられたものでした。演説の内容は勿論ですが、態度や仕草、服装から容姿に至るまで、一挙手一投足が皆さんの目の前に晒すので、それらの意見を頂くことしきりでした。よくやるなぁーと感心しました。その後も4回ほど参議院選、衆議院選と立候補して16年7月となった訳です。
 この間の候補者活動を目の当たりに見てきましたが、家では1度も弱音を聞いたことがありません。子どものころからの頑固さと身体が生来丈夫にできているのでそのことが頑張れる原点かと思っています。
 本人に対して要望があります。行動予定表がほしいものだと思っています。家に帰ってくるときくらい好きなものを作りたいというのが母の強い願いのようです。