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わたしの入党物語

党の事務所が遊び場だった
 党創立100周年を迎える7月15日で、入党から27年になります。
 両親が党員の私にとって、日本共産党はずっと身近な存在でした。原爆や戦争の絵本などを読むなかで、「戦争反対」は強烈な印象となり、それは私自身の思いになりました。だから、戦争に反対する日本共産党が大好きでした。
 同世代の子どもが集まる党の事務所は遊び場であり、当時を知る方々にお会いすると「大きくなって」と喜んでくれます。成長を見守ってくれるおとなたちに囲まれ、育ててもらいました。

大学1年生(1995年)の時に、薬害エイズ問題の署名活動に取り組みました

 高校入学時に民青同盟に加盟し、綱領や科学的社会主義を学んだり、社会のことを話し合える仲間ができました。社会の仕組みを知る中で、努力しても抜け出せない格差や貧困をなくし、誰もが人間らしく生きられる社会にしたいと思ったことが、入党の初心でもあります。
 大学進学時に入党を勧められましたが、すぐには決断できませんでした。日本共産党に対する誤解や偏見に立ち向かうことができなければ、入党できないと思っていたからです。
 けれども大学の先輩たちと話す中で、みんな悩みながら活動していること、“立ち向かったり”する必要はなく、活動しながら解決していけばいいのだと思えたことで、胸のつかえがとれました。入党推薦人は、両親になってもらいました。

 人間らしく生きることを奪う原発事故やコロナ禍、もうけを優先し、自己責任を押しつける政治を変えたい、と国会論戦を行ってきました。参院選の勝利であったかい政治を。頑張ります。
(担当地域 北海道、東北、北関東)
<掲載元:2022年2月26日しんぶん赤旗より>